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てげてげブログ
2016-04-07

898) 裁判官

昨日の夕刊から、今朝の朝刊まで、新聞紙面は1ページは言うまでもなく、他のページも九州電力川内原発の裁判記事で埋まっていた。以下は毎日新聞記事の一部である。

『 九州電力川内原発1、2号機の運転差し止めの仮処分を地元住民らが求めた即時抗告審で、福岡高裁宮崎支部は6日、住民側の申し立てを棄却する決定を出した。関西電力高浜原発3、4号機の運転停止を命じた今年3月の大津地裁決定に続き、稼働中の原発の運転差し止めを巡る2例目の判断(高裁段階では初)として注目されたが、司法の結論は分かれた。住民側は抗告し最高裁の判断を仰ぐか検討する 』


裁判官というのは、法律の専門家だ。それも現在そこにある法律をどう解釈するかという面での専門家である。世俗の垢にもまみれず、ただただ法律の勉強をしている純粋培養の法律家だ。世間には専門馬鹿という言葉もある。法律以外には何も知らないという裁判官だっているかもしれない。


近頃、そんな裁判官の判断に何もかもをゆだねていいのだろうかと思うことが多々ある。世の中の出来事は複雑だ。原発の稼働をどうするかも極めて複雑な問題だ。決して過去の法律の解釈からは解決策は生まれてこない。これからどうしてゆくかという問題だ。

世の中に100%絶対安全というものがない以上、いくらかのリスクを抱えながら、それでもやるかどうかというのは政策の問題であって法律解釈の問題ではない。


川内原発は原子力の専門家で構成された原子力規制委員会が、事前に定められた安全対策基準に達しているとして稼働を許可した。対して原発にはずぶの素人の裁判官である。その是非を裁判官にゆだねるというのはどだい無理な話だと思う。裁判官は決して全能の神ではない。

その意味で、稼働している原発の運転停止を命じた大津地裁の裁判官は、張り切り過ぎて裁判官の職分を逸脱したのではないか。


原発の問題に限らない。沖縄の基地問題も裁判所で争って、裁判官の判断を仰ぐ問題ではないと思っている。極めて政治的、外交的な判断が必要な問題だ。

選挙の度に違憲判決を突きつけられて、国会は選挙制度に関して、裁判所の意向を無視することが出来なくなってきた。選挙制度は極めて政治の問題であって、司法が口出しする問題ではないと思うのだが・・・。


原発の問題も、沖縄基地の問題も、選挙制度の問題も、私自身が確たる考えを持っているわけではない。要するに、三権分立の世の中で、近頃、司法が出しゃばり過ぎているのではないかという印象を受ける、と言いたかっただけである。(2016.04.07)

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