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てげてげブログ
2015-02-09

728) 伊藤伝右衛門

土曜日、飯塚の「旧伊藤伝右衛門邸」を見学に行った。庭園の補修が終ったというテレビの報道につられたものだ。その存在は以前から知ってはいたが、足を延ばすのは初めてのことだった。

伝右衛門邸が如何なる所かは、貰ったパンフレットの説明を借りることにする。


『筑豊の炭鉱王として知られる伊藤伝右衛門の本邸として建造された本建物は旧長崎街道に面しています。四つの居住棟と三つの土蔵を持ち、池を配した広大な回遊式庭園を持つ近代和風住宅は和洋折衷の調和のとれた美しさが魅力。さまざまな建築技術や、繊細で優美な装飾を随所に見ることができます。また、柳原白蓮が伝右衛門の妻として約十年間を過ごしたゆかりの地であり、伝右衛門や白蓮に思いをはせる場でもあります。筑豊における石炭産業の歴史と、これに関わった伝右衛門たちの人生を物語る貴重な遺産をごゆっくりご覧ください。』


当日にはたまたま「雛まつり」が催されていた。雛人形に関心はないが、20畳はあろうかという座敷にびっしりと雛人形を配した「座敷雛」の規模にはびっくりした。なんでも日本一の規模を誇るとか。


国指定名勝だという改修したばかりの庭園も見事なものだった。


そんなことよりも何よりも私が関心を持ったのは、伝右衛門と白蓮の顛末を語る展示物だった。白蓮を妻に迎えた伝右衛門は住宅を大改修した。例えば九州で初めてという水洗式のトイレは、一見したところお茶室と間違えそうな佇まいである。また博多や大分に別荘を建て、そこで社交界の花形として贅沢三昧をさせたようである。

そして挙句の果て、白蓮には若い男のもとに逃げられ、新聞紙上に絶縁状を公開されて世間は大騒ぎ、伝右衛門が大恥をかくという結末に至る。

大正天皇の縁戚だったとかいう白蓮さんは、よほどに自由奔放で我儘いっぱいな女性だったようだ。それにしてもそんな嫁さんに遭遇した伝右衛門がかわいそうに思えた。

妻に逃げられた炭鉱王ということで、余程にむくつけき男かと思いきや、写真で見る伝右衛門は意外や意外とてもいい男だった。


ともあれ、期待以上に楽しくて有意義な一日となった。(2014.02.09)


      画像:伝右衛門邸の座敷雛(不鮮明なのが残念)


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